大阪という街

北九州からフェリーに揺られ

 

 

 

 

揺られに揺られ

 

 

 

 

もう二度と乗るかとまで思ってしまうほどグロッキーになってしまったりしながら着いた大阪は早朝である事もあり通勤ラッシュの中であった

 

 

 

 

大阪名物の一つ(と僕は思っている)くるくるパーマのおばちゃんに絡まれながらなんとか都心部に行き、電車を乗り換えながら着いた街は尼崎、ブラントン。

 

 

後々知ったのだけれど、尼崎は兵庫県なのね。ごめんなさい。

 

 

周りの人は関西弁ばかりで疎外感を感じ、僕はひたすら伊藤潤二を読んでいた。

 

 

 

まあ、実際そんな事はなくロックンロール好きな人、弾き語りを純粋に極めている人、ブルースマン、そんな人達のせいでお酒が進んだ。

 

 

 

 

ライブを終えアメリカのハードロック好きな人に教えてもらいながら1番栄えているという難波に向かった。

 

そこからがもう凄かった。

 

 

 

 

 

雨だというのに、ど平日だというのに、宮崎の土曜日の繁華街のようにうようよと人がいる。

 

しかも汚い。ポイ捨てにポイ捨てが重なり、ゴミの落ちてない道を見なかった。

 

しかも、道頓堀の有名なグリコの看板は思った程感動しなかった。

 

 

 

30分程橋の上でボーっとしながら煙草を吸おうとした時、

 

 

 

弾き語りやってるんですか?

 

 

 

斉藤和義のようなチバユウスケのようなしっぶいイケメンに声をかけられ話をした

 

 

28歳の彼はまあ、俺からすれば相当クレイジーな生き方をしていた、良い意味で。

アルバムリリースのビラ配りを熱心にやっているのに、ロックンロールだった、良い意味で。

 

 

 

彼の声を聴きたくなり路上しようと持ちかけ歌を聴いてみた

 

 

 

すんげぇよかった

 

ほんとにすんげぇよかった

 

俺がどの県で見たボーカルよりかっこよかった

 

 

 

 

こんな出会いがあるのかと、大阪すげぇと、

 

そのまま24時からビールを延々と飲みながら3時間程一銭も入らない路上をした

一銭も無くても俺からしたら大きな何かを貰った気がした。

 

 

 

 

路上をやっていると、酔っ払いが道端に横になりながら俺らの曲を聴いていて、通りかかる人に

 

 

この人達かっけぇっすよ

 

 

と言いながらスルーされていく

 

 

 

 

 

この酔っ払いはなんなんだ

 

 

 

 

と思っていたのだが結局最後まで一緒に居て、美味いともなんとも言えないラーメンを食って、結果そいつとも仲良くなった

 

 

 

 

 

世の中を舐めている奴なのかコイツは

 

と俺ごときが思うほどの奴だったんだけど、

話をしていたらそんな事もなく芯のある、やり方が分からなくても歩いていこうとしている、そんな奴だった

 

 

 

 

人は見た目によらないと言うように

 

 

案外大阪だからこうだとか、意外とないのかもななんて思った

 

 

 

 

 

けど、最後の最後までフィリピン人のネェちゃんをナンパしていたので、その気持ちはちょっとよく分からなくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

濃い1日だった

 

宮崎にいたら、九州にいたら、もし泊まる場所があったら、分からない事が沢山あった

 

 

ただ、僕自身奇跡なんてものは無いと思っている

きっと、あいつもあいつもあいつも全てが必然だったのだろう

楽しかったよ、大阪

 

 

まじで

 

 

あのラーメンは味もうちょい考えた方がいいよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひだだい。